横浜市内のイップス研究所で、私は「無意識のメンタルトレーニング」を体験した。

 イップスに悩んで同研究所を訪れた選手は、カウンセリング、心理テストに続いて、無意識のメンタルトレーニングを実践する。実際の投球指導に入るまでに、たっぷりと時間を割く。それが所長を務める河野昭典氏(59)の指導である。

 無意識のメンタルトレーニング。

 河野氏に「脳のリラックス」などと丁寧に説明してもらったが、なかなか理解できなかった。そこで実践することになった。


イップス研究所の所長を務める河野氏。この部屋で無意識のメンタルトレーニングを行った
イップス研究所の所長を務める河野氏。この部屋で無意識のメンタルトレーニングを行った

 研究所の一室に河野氏と2人で入った。白いリクライニングソファに座り、背もたれを深く倒した。足を伸ばし、目もつぶるよう指示された。寝ているような体勢になった。

 河野氏に声をかけられた。


 「何もせず、何もしようともせず、力を抜いて」


 そう言われても、私としては記事にする必要があるので、すべてを記憶しておかなければならない。むしろ意識を集中させて同氏の言葉を聞いていた。


 「20段の階段を1段ずつ降りていきます。ゆうっくり… ひとっつずつ… じゅうきゅう、じゅうはち…」


 これは浅見修兵投手(24)に聞いたものだと思った。

 平仮名を使ったのは、河野氏の口調がかなりゆったりしているからだ。そのつもりで読んでほしい。


 「1段ずつ降りていくごとに、体の力が抜けていきます。じゅう、きゅう、はち…これを降りきったら、体の力がすっかり抜けて、本来持つ力が出せるようになります。ごお、よん、さん、にい、いち」


 次は広い廊下の先にあるエレベーターに乗り、20階からゆっくり1階まで降りるイメージをした。

 さらに「目の周辺」「あご」「肩」「おなか」といった部分に意識を集中させ、そこをリラックスするよう言われた。

 不思議なもので、指定された部分から力が抜けていく感触があった。取材として集中していたはずの私も、次第に「眠ってしまうかもしれない」と感じた。

 河野氏の言葉が途切れ、スピーカーから流れる「ボーン」「ボーン」という音だけが耳に入ってきた。数分間この時間が過ぎた。ここは本当に少し眠ってしまったかもしれない。

 再び河野氏の声が聞こえた。

 「体の力がすっかり抜け、本来の力が出せるようになります。本来の、自然な動きができるようになります。イメージ通りのフォームで投げられます。どんな時も、どんな場面でも。どんなに緊張する場面でも…」

 そして合図とともに目を開けた。


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 河野氏がカーテンを開けながら話し掛けてきた。


 河野氏 お疲れさまでした。これで終わりです。何分ぐらいやっていたと思いますか?


 15分から20分ぐらいだろうか。


 河野氏 45分間ですよ。


 感覚よりも、かなり長い時間が経過していた。眠ってしまったのだろうか。「ボーン」という音は聞こえていた覚えがあるが…


 河野氏 寝ている状態と起きている状態の中間ぐらいですね。少し眠りに落ちた時間帯はあったかもしれません。


 最後に「本来の力が出せるようになる」という言葉があった。


 河野氏 無意識への暗示です。リラックスした状態で、気に病んでいる部分を解きほぐしていきます。今回は体験してもらうという意味で、野球と仮定して語りかけました。本来はカウンセリングなどで状況を把握し、本人に適した言葉をかけます。


 いわゆる医療催眠の一種である。あくまで私の感想だが、かなりリラックスした状態になったことは間違いない。


 河野氏 この過程を省いて、いきなり技術指導をしてもイップスの症状は改善されません。イップスは無意識の誤作動ですから。この後に技術の指導をしていくと、目に見えて効果が出ますよ。


 イップス以外にも効果がある方法なのか。


 河野氏 そうですね。潜在能力の発揮につながります。だから、うちにはイップスを克服した後も、選手たちが来てくれます。


 人気漫画「MAJOR」でも、主人公の茂野吾郎投手がイップスに陥る。克服のため、催眠療法を受けるシーンが描かれている。


人気漫画「MAJOR」にもイップス克服のため催眠療法を受けるシーンが描かれている(C)満田拓也・小学館―少年サンデーコミックス
人気漫画「MAJOR」にもイップス克服のため催眠療法を受けるシーンが描かれている(C)満田拓也・小学館―少年サンデーコミックス

 大まかなイメージとしては似ているため、小学館・少年サンデー編集部の許可を得て同シーンを写真で引用させてもらった。

 もちろんイップス克服法には多種多様の方法や考え方があり、まったく同じというわけではない。ここは理解していただきたい。


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 無意識のメンタルトレーニング後は、心理テストも体験した。120問の質問に答える方法だった。これは河野氏の夫人で、心理カウンセラーの祐美子氏が担当してくれた。

 「情緒安定性因子」「社会適応性因子」「活動性因子」「衝動性因子」「内省性因子」「主導性因子」といった項目から、傾向を導き出していく。

 気分の変化や劣等感、攻撃的か否か。思考が内向か外向か。服従的か支配性が大きいか。


 河野氏 イップスになる選手の傾向はありますが、これは一概には言えない部分もあります。


 なお、私は「準不安定積極型」と診断され、祐美子氏から助言も受けた。

 こうした面も参考にして、イップス克服に向けて指導をしていくという。


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 次にグラウンドに出たい。イップス先生と呼ばれる河野氏が、実際のキャッチボールでイップス克服を指導していく。(つづく)【飯島智則】