サッカーの欧州選手権が開幕した。11日にローマで行われた開幕戦(イタリア3-0トルコ)のスタンドに響いたのは、両サポーターの大歓声。スタンドだけではなく、ベンチのほとんどもノーマスク。数時間前に無観客で行われた日本代表のセルビア戦とは明らかに違う雰囲気だった。

11カ国12で60周年大会を開催する欧州サッカー連盟(UEFA)は、有観客にこだわった。応じなかったダブリンが外され、100%のブカレストなど各会場とも25%以上の上限で観客を入れることになった。

映像から伝わってきたのは「日常」だ。大声で国歌を歌い、チャンスにはスタンドが揺れる。制限しているとはいえ、観客は「密」になる。12日のフィンランド戦でデンマークMFエリクセンが突然倒れると、心肺蘇生処置を施されるエースのために両国サポーターから歌と名前のコールが送られる場面もあった。

ワクチン接種が進み、感染者数も減っている欧州だが、まだまだ完全に危機を脱したわけではない。大会直前にはスペインの選手が陽性になったし、離脱を想定して登録選手数も23人から26人に増やした。「再拡大につながる」という声もあった。それでも、サポーターが埋めたスタンドからは戻りつつある「日常」への喜びが伝わってくる。

欧州ではオリンピック(五輪)以上に重要で、盛り上がるのが欧州選手権。その開催は、五輪にも影響するように思えてならない。「欧州貴族の集まり」と揶揄(やゆ)されるほど、IOCは欧州中心。バッハ会長をはじめ多くの理事や委員が欧州出身だけに、欧州の空気に対しては敏感だ。

欧州選手権の1年延期が決まった昨年3月、「予定通り」と繰り返していたIOCの風向きが変わった。もちろん、感染の急拡大や選手の声もあるが、五輪延期が決まったのはUEFA決定の1週間後だった。スイスが本部だから当然ともいえるが、IOC内には欧州の空気しか流れない。

バッハ会長が空気を読まない発言を繰り返すのは、日本の空気が分からないから、いや分かろうとしないからだ。よく言えば全幅の信頼を寄せて「任せておけば大丈夫」と思っているからだが、悪く言えば「丸投げ」。だから、無責任とも思える発言が出てくる。

一昨年のラグビーワールドカップ(W杯)で台風による試合中止があった後、組織委員会のある幹部は「やっとIOCが自然災害のリスクを分かってくれた」と話した。それまでは、説明しても「心配しすぎ」と一蹴されたという。欧州では現実的ではないからだ。IOCは常に欧州基準。乱暴に言えば「欧州が大丈夫なら世界も大丈夫」「欧州選手権ができれば五輪もできる」なのだ。

数字だけを見ても、日本の状況は分からない。ロックダウンもなく、緊急事態宣言も名ばかりになってきている状況で、日本の現状を伝えるのは難しい。盛り上がる欧州選手権に、ノーマスクが目立つ英国でのG7、間違いなく欧州と日本では温度差がある。

政府分科会の尾身会長は「専門家の意見をIOCにも伝えたい」と話した。どこまで真剣に聞いてくれるかは怪しいが、それでも繰り返し、ていねいに日本の状況、国民の感情を説明するべき。政府や東京都、組織委員会には、国民への説明責任とともに、IOCへの説明責任もある。

選手をバブル方式で隔離し、メディアら関係者の行動を制限しても「大丈夫だろ」と思われては、意味がない。観客の上限を決めても、欧州選手権のようになれば感染再拡大のリスクは高まる。だからこそ、ていねいな説明と明確な指針が必要。バブルの中に流れる空気が欧州のものだとしたら、いくら安全をうたっても安心はできない。【荻島弘一】(ニッカンスポーツ・コム/記者コラム「OGGIのOh! Olympic」)